永遠なんて無いよと 牽制してもいい

でも 僕はね 光ってみたい共に 例え一瞬だけでも

Hush

定期的に、心情の変化や目標を書き出していこうと思う。整理するために、前に進むために。

 

【2016.9】

端的にまとめると、関ジャニ∞とBIGBANG(にょんとり)とセブチ(じょんはん)が大好きで、それぞれに永遠を求めていた。

 

【2017.9】

1年経った2017年9月の今 追加する事柄は増えた

その内容は2016年9月の自分には想像のつかないこととなった

「人はそうそう変わらないけど人の気持ちはすぐに変わる」

先日友人と飲んでいて出た名言(笑)

これからもコロコロコミックサンデー変わっていくのだろうけど

ハニちゃんが私にとって人生最大で最後の恋にはならないかもしらないけど

ハニちゃんは私の心から消えることはない存在であることは確かであると言える

 

1年経った今変更して追記することを箇条書きにすると

・ニョントリはやっぱり滾るけどニョントリ狂ではなくなった

・ビッベン熱は落ち着いた

・ユンジョンハンのことを泣くほど好きになり、終いには自分の中のオタクとしての一線を超え応援することに楽しさよりも苦しみを感じ、気がついたら彼を神様として崇めるようになった

・セブチの先輩ニュイストに今更手を出した(プデュ出の新規)

・ハッシャのソンウンちゃんにメロメロ

・プデュを見た影響で、まだ知らない世界の探求を積極的にしていこうと思った(ケーポ沼に自らズボズボと)

ポケモンかのように増えていく推しドル

・アイドルに求めることが増え、際限のない欲

・このようなよくわからないブログをまとめている暇はない というかもう必要ない なぜなら自分がアイドルオタクであることにもう満足していないから 出来るなら辞めたい 確かじゃない未来を信じて必死こく勇気もない

 

 

さて2018年9月にはどうなっているか

 

【2018.8.16】
変わったこと多々あり。
・ジョンハンからソンウンに担降り。ジョンハンは最後の恋にならなかったけど、確かになかなか簡単に心から消える存在ではない。今はもうジョンハン
を目の前にして「無」になることがほとんどだが、たまに「好き」が蘇ってきて
、その時は『この人のことをもっと好きでいたかったな』と好きを続けられなかった自分に悲しくなる。逆に今でも少し、また『好きを諦められない』と思ってしまうのではないかという恐怖もある。担降りしてから1度そう思うことがあって、苦しかったから。苦しまずに好きでいたかった。ジョンハンとの別れの曲はNell先輩の『멀어지다』。歌詞がまさに。そして私はソンウンちゃんに降りた。降りることができた。この世には魅力的で推し甲斐のあるアイドルが数多いるだろうけど、私の最後の最推しが彼であることを信じていたりする。永遠はないけど約束をまもりたい

 

【2019.1.1】

2017年12月19日、ジョンヒョンさんが亡くなった。私は生前のジョンヒョンさんのことをほぼ知らなかったけれど、私の24年の人生の中で最も衝撃的で、悲しい死だった。アイドルに永遠を求める自分が図々しいと感じ、アイドルに永遠を求めるのは辞めた。

2018年4月15日、すばるくんが関ジャニ∞を離れると告げた。嘘だ…と混乱したのも束の間、私は3分で受け入れた。わかった。わかったよ。と。関ジャニ∞の永遠を疑ったことはなくとも、求めることはもうやめていたからかもしれない。メンバーが生きていることが素晴らしいから。すばるくんが生きる道はそっちだったのだ。私には分からないけれど。受け入れることは出来ても今だに理解は出来ないけれど。6人の関ジャニ∞を笑顔で見つめることが出来る一方で、ふと気が緩むと悲しみに襲われてまだ泣いているけれど。

2018年6月1日、私はジョンハンからソンウンへ半担降りした。そして6月9日、完全に担降りをした。今はもうジョンハンのことを見てもほぼ何も思わない。痛みも恋しさも時間に流された。でも確かに、忘れられない存在ではあるね。ソンウンへ担降りしたことで、幸せになれると思った。けれどもやっぱり病んだ。

 

私にとってアイドルは何なのだろう。

関ジャニ∞は命綱。これは変わらないのかなと思う。正に精神的支柱。

ソンウンはどうだろうか。

 

私は死ぬまでに何をしたいだろうか。

関ジャニ∞をどんな距離からになるかは分からないけれど見続けたい

・家族孝行をしなければならない

 

何だかんだこの2つだなと思った。

もう私には友達が欲しい、恋人が欲しい、結婚したい、子どもが欲しい、という気持ちは無いのだ…あったはずだが、諦めた。

幸せって何だろう?感謝すれば、幸せになれるようだ。わからない。わからない人間だ…

 

この2つだけでは生きていけない。物足りないのだ。幸せはわからない。じゃあもう一つある。幸せの他にも「楽しい」が必要。ああ。楽しいもわからない。

なぜなら孤独なのだ。

でも思い出してみろ。孤独を選んだのは私なのだ。そうだったんだよ。そうだね。でも死にたくはないね。∞と一緒に生きたいから。家族孝行もしなきゃいけないから。その為に生きなければならない。楽しいと幸せを摂取しながら生きたいのに、孤独だからできないね…。

 

と、ここまで書いて。私の本心がこうなのは本当だけど、考えない方が良いと思うんだよね。病んだ時、考えてしまうけど、結局行き着くのはここ。孤独。終わり。話終わりよ。だから病んだらとりま行動!考えない!よくわかんなくても、結局孤独なんだから何かしよう。

今年の大目標『ぐちぐち言ってる暇があったら前に進め!!』