永遠なんて無いよと 牽制してもいい

でも 僕はね 光ってみたい共に 例え一瞬だけでも

こんばんワン・ツーってもう何度でも聴きたい

お題「好きなラジオ番組」

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初めて聴いたのは、2007年12月の、関ジャニ∞全員集合SPの時。

今までラジオを聴いたことがなかった私は、ラジカセを持っておらず、レコメンの存在を知っていたものの聴けていなかった。そしてようやくミニラジカセを手に入れることが出来たのがこの12月だった。

懸命にAM1134にチャンネルを合わせ、雑音混じりに彼らのどんちゃん騒ぎを聴いた。ナンダコレハ…???と衝撃を受け、新鮮で、楽しくて、興奮と感動を覚えた。

それから毎週、聴き逃すことはなかった。

 

2007年9月頃、ひょんなことから関ジャニ∞という温泉に足湯し始めた私。その私がエイターになった決定打は、レコメンであったと言って過言ではない。

2007年12月にレコメンを初めて聴いたその晩は、きっと特別な夜だった。それから腰、胸、肩、頭まで関ジャニ∞という温泉にどっぷり浸かるまで時間はかからなかった。そして木曜日の夜は、毎週特別な夜になった。

 

年齢を重ねていくごとに周りのジャニオタがオタ卒をしていく中、私が関ジャニ∞のファンをいつまでも辞めなかったのも、今でも辞めないのも、レコメンがあったからだと思う。

レコメンが私のバイブルとなり、関ジャニ∞が私の宗教になったのだと思う。

思春期をレコメンと共に過ごしたことはとても大きかった。

関ジャニ∞を応援していく上でレコメンの存在はとても大きかった。

レコメンの存在は私にとってあまりにも大きかった。

横山くんが卒業して、私はレコメンを執拗には聴かなくなった。

レコメンに対する執着心がなくなって、ラフに聴くようになった。

それと同時に、関ジャニ∞の応援も疎かになっていった。

関ジャニ∞を好きなことには変わらないのだけれど、ヨコヒナのレコメンがなくなってから次第に、関ジャニ∞を応援するモチベーションが下がっていったのを自分で感じた。

横山くんがレコメンを卒業した喪失感は拭えなかった。

 

実は、私が横山担になったのは2009年。その前は担当がコロコロ変わっていて、1年間程は安田担に落ち着いていたものの、2009年に雷が落ちたように横山担になった。でもそんな担当とかに関係なく、横山担になる前から、私はレコメンが大好きで大事で心の支えだった。

私は前提としてユニ担であるから、横山くんも村上くんも丸山くんも大ー好き。

横山くんがレコメンを卒業した喪失感は私が横山担だから生じるものではない。

レコメンはヨコヒナ。ヨコヒナのレコメン。

それは誰にとっても当たり前の概念だったはず。レコメンがこれからもそうしてずっと続いていくことを誰もが望んでいたはず。そして私はそんなヨコヒナのレコメンが宗教レベルで好きだった。

SUPER STAR QRの時から横山くんと村上くんがずっと続けてきたラジオ番組。レコメンをヨコヒナ以外でやるなんて誰か想像したことあっただろうか?

 

卒業が腑に落ちなくて、それは今でもそうで、2013年のあの時で私の中の何かが停止している。

 

たかがラジオ。

たかがアイドル。

 

でもそれがバイブルになっちゃったんだもの

バイブルがなくなっちゃったんだもの

ちょっと迷子って感じなの

 

一週間に一回、三時間、必ず幸せな時間があるって、幸せなことだった。

ヨコヒナのレコメン、当たり前体操じゃなかった。諸行無常だった。

最近は諸行無常なことに慣れてもきたけれど、慣れても喪失感は拭えないもの。

 

2人はどう捉えているのかな

なんで最後ひなちゃんが泣いていたかって、そんなの「さみしいから」に決まってるんだろうけど

残される側は旅立つ側よりもきっとさみしい

戦友が旅立ってしまうのはさみしい

ましてやヨコヒナの仲だもの

私には想像及ばない

さみしい以外にもどんな感情があったんだろうかとか

それも想像及ばない わからない

 

今はもう2人は 前しか見ないで進んでいるんだろうけど

これからも私は「関ジャニ∞ 横山裕村上信五レコメン!」に心を置き忘れたまま生きていくのかな